実はストーカーしてます。
や、毎日じゃないよ?たまに仕事帰りにアカデミーに寄ってイルカの姿を遠目に見るだけだ。不規則な暗部の仕事体勢のおかげでイルカの飯を食う頻度がほんと少なくなって、飯を食う時間の代わりにと言わんばかりにイルカの姿を見たいだけなのだ。それくらい許してくれたっていいだろ?えーと、そんな生活が数年続いてます。少しやりきれなさが滲み出てきてます。
その日も俺は遠目にイルカの様子をうかがう怪しいストーカーぶりを発揮していた。ちなみに俺がストーカーしてるのを知ってるのはアスマくらいだ。
今日はいつもとちょっと様子が違っていた。中庭で女性と待ち合わせをしていたようなのだ。ばかなっ!恋人はいないはずだ。で、では、それはもしや、こ、告白タイムと言うやつですかっ!?
くそっ、くそっ、女って言うだけで告白してもなんら不自然でもないくせに、それだけで俺よりもスタート地点ははるか前方にいるって言うのに、ああ、いいなあ。俺なんていくら近くにいるからって男だしなあ、イルカに恋愛対象に見てもらうことなんて、ないんだろうなあ。
やっかみで女を射るように見ていた俺だったが、告白タイムの甘酸っぱいような雰囲気から、どんどん険悪な雰囲気になっていく。い、イルカ、何か女性のプライドを逆撫でることでも言ったの?イルカは物腰柔らかいし、人の陰口をたたくこともないから大抵の人からは好意を寄せられると思うんだけどなあ。
そんなことをつらつらと思っていると、状況は益々もって悪くなっていくようで、お互いに口論をしているようになり、そして女の方が印を結びはじめた。
遠くから見ていたから何を言っているのかまでは注意して見ていなかったから判らないが、とりあえずそれはまずいだろう。
俺は瞬身を使ってイルカたちのいる中庭へと姿を現したのだった。
とりあえず驚いている女に向かって少し詰め寄った。

「里内での私闘は御法度でしょ?同じ木の葉の仲間になんで印を向けるの?」

女に向かって言うと、女は柔らかな笑みを浮かべた。こいつ、上忍だな。

「同僚のイルカ先生とお話しをしていただけですわ。」

俺はイルカに顔を向けた。ちなみに俺の今の姿は例によって暗部姿だ。これからまたすぐに任務なんだよねえ。

「そうなの?ただの話し合いなの?」

イルカは少し困ったような顔をした。うーん、あんまり大事にしたくはないって顔だな。まったく甘ちゃんめ。
俺はため息を吐いた。

「今日の所は不問にしといてあげるから二度とこんなことしないように。二度目があったら火影に報告するよ?」

言えば女も困ったように微笑む。

「暗部の方がおいでになるようなことではありません。私とイルカ先生がおつき合いをすると言う話しをしていだけですもの。暗部の方は人の恋路を邪魔なさるのがお仕事なのですか?」

俺はかっとなった。おつき合い云々の甘い雰囲気じゃなかったぞあれは。それにあんた、はっきり言えばイルカの好みじゃないよ。

「ちょっとイルカ、何時の間に趣旨がえしたのよ。どう見たってこの女、イルカの好みじゃないじゃない。」

「なっ、なんでお前が俺の好みのタイプ知ってんだよっ。」

「エロ本の趣味でばればれなんだよっ。あれだろ、イルカの趣味はどちらかと言うと綺麗ってんじゃなくてかわいいって感じで恥じらいがあって頼ってくる感じの子。そんでもって色白の方がいいんだっけ?」

イルカはそれを聞くと顔を真っ赤にして俺に殴りかかってきた。俺はそれをひょいひょいと避ける。

「わーわーわー、お前何言ってんだっ。ってかなんで俺のエロ本知ってんだよっ。俺隠してたのにっ。」

「馬鹿だな、隠そうとする意志が見え見えなんだよ。忍びなら裏の裏をかけってちゃんと教えてるでしょ?」

イルカはううう、と唸り声を上げつつも殴る手を下ろして俺を睨んだ。

「まあ、そんなわけであんたの虚言は解ってるんで下手なあがきをするのはやめといた方がいいよ。それともまだ何か言い分があるって言うなら聞くけど、おもしろくなかったらそれ相応の代償は払ってもらうから。」

女に顔を向けて言うと、女は一瞬顔を歪ませて、だが、次の瞬間には見違えるほどの笑顔になってこの場から去っていった。
悪いね、イルカはそう簡単には渡せないのよ。

「で、お前、なんでここにいるんだよ。」

イルカの声で俺ははっとした。そう言えば慌てて来たけど、里内で暗部姿を晒したことはなかった。これではまるで暗部姿でイルカの身辺護衛をするのが任務だったと言わんばかりじゃないか。

「あー、実はこれから任務だったんだけど、イルカの慌てた声が聞こえたもんだから覗いてみれば何かおかしな雰囲気だったから来たんだけど、えーと、本当は、その、お邪魔だった?」

俺はおずおずと話し出した。イルカは腕を組んで俺を見ていたが、ふぅ、と息を吐いて顔を上げた。

「いや、助かったよ。実はちょっと強引に交際を迫られてて。あーあ、俺、人から告白されたの初めてだったのに、女の人が怖くなりそう。」

それはいい傾向だっ!!とは口に出しては言わない。だが、そっか、初めての告白だったんだ。あーあ、こんなことなら俺がさっさと告白してればよかった。
...。
俺、今かなり大胆なこと考えたな。で、でも、しても、いいかなあ?
俺は面を外した。

「ちょっ、なにやってんだよっ。里内だからって暗部が面を外したらだめだろっ。」

「近くに人はいないから大丈夫。あの、イルカ、俺、」

ど、どうしよう、こんなおざなりでいいのかな?こんな状況で信じてくれるかな?
う、ううう、だめだっ、俺は臆病者だっ。
俺は諦めることにした。告白はいつだっできるって。

「まあ、でも任務前にありがとうな。俺もしかしたら生きて帰れないんじゃないかと冷や冷やしててさ。お前がいてくれて本当によかった。ほら、スガリ先生は上忍だし、女性だし、あんまやり合いたくなかったし、つっても俺に勝ち目はないだろうけど。やっぱつき合うなら好き合った人とじゃないとな。そう言えばカカシは好きな人はいないわけ?」

ああ、イルカ、どうしてこんなタイミングで言うんだよ。せっかく今度にしようって思ってたのに。
俺はイルカの目をじっと見つめた。

「いるよ、好きな人。」

イルカは目を見開いた。ま、そうだよね、俺、今まで好きな人がいるなんて一度も言ったことなかったし。

「そっか、誰なんだよっ。水くさいな、言えよっ。」

イルカはにしし、と笑っている。

「イルカ。」

「なんだよ?」

「イルカが好き。」

「俺もカカシが好きだぞー?」

そういう切り返しが来ると思ってたよ。だから直接的な言葉で返すしかないだろ?
俺は真剣な眼差しでイルカを見る。お互いもういい大人だ。子どもじゃない。だから、遠慮なんかしない。

「イルカが好き。キスしたい、触りたい、抱きしめたい、肌を、合わせたい。」

イルカの目が大きく見開く。

「なっ、なっ、何言ってやがんだっ、ばかやろーー!!」

イルカはいきなり殴りかかってきた。うわっ、ちょっ待ってよっ。怒るのは無理ないかもしれないけど、返事って言うか、聞かせてくれないかな、それすっごい気になってんですけど!イルカは困惑する。それは解っていたし、仕方ないけどさ、俺だってずっと片思いしてきてんのよ?
俺はなおも殴りかかってくるイルカの両手首を掴んだ。イルカは身動きできずにキっと俺のことを睨んできた。うう、そんな目で見ないでよ、俺落ち込みそう...。

「ごめん、」

「ふっさげけんなっ。」

大声で怒鳴られてしゅんとしてしまう。俺、ふげけてなんかないんだけどなあ、本気なんだけどなあ。イルカには理解してもらえないのかなあ。俺の精一杯の告白、信じてもらえないのかな。
俺は黙りこくってしまった。
その時、頭上で伝令の鳥が鳴いた。集合の合図だ。そろそろいかなくては。
俺はイルカの手首をぱっと離すと、その場から瞬時に離れた。
そして落ちていた面をかぶった。イルカはいつのまにか顔を俯けてしまっている。このまま、二度と俺の顔を見ようとしなかったら俺どうしよう。俺はイルカとの安寧とした関係を断ち切ってまでも、自分の心の解放を優先させてしまった。
俺はそのまま跳躍してその場から立ち去った。
木々を伝いながら、俺はどうしようもない後悔と、そして伝えてしまったことへの開放感と、ほんの少しの希望と絶望とを噛み締めた。
先生、俺、どうすればいいのかな?俺、人に好きになってもらうためにはどうすればよかったんだろう。俺は、やっぱり臆病者だよ。ずっと変わらない。
俺は集合場所へと向かった。